大判例

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大阪高等裁判所 昭和36年(ツ)16号 判決

上告人 森安キノヱ

被上告人 藤川美智子 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一、上告人は、原判決を破毀し、更に相当の判決あらんことを求め、その上告理由は別紙の通りである。

二、当裁判所の判断は左の通りである。

(1)  上告理由第一点について、

本訴は、債務者(被上告人の先代梅里綾子)において賃料の支払を二ケ月分以上遅帯した時は、その時をもつて家屋賃貸借契約は当然解消し、債務者は即時債権者(上告人)に対し賃借家屋を明渡す旨の条項の記載ある調停調書につき、債務者に右賃料の支払遅滞がないことを理由として、右調停調書に基く強制執行を排除するため、民事訴訟法第五四五条によつて、債務者より債権者を相手として右調停調書に基く強制執行不許の裁判を求めているものである。

ところで、本件の異議事由は、債務名義に記載された請求権の不発生、消滅、効力停止など債務名義の表示と実体関係の不一致が存在することを主張するものではなく、債務者に債務名義所定の債務不履行がないことを理由として、家屋明渡の履行期が未だ到来していないことを主張するものである。

したがつて、前者の異議が債務名義そのものの執行力の排除を目的とするに対し、後者に属する本件異議は、これと異なり執行文付与の時点におけるその執行力の一時的排除を目的とするものであり、また、これをもつて足ることは所論のとおりである。

しかしながら、請求異議の訴は、前記いずれの異議事由を主張する場合においても、結局は、現在において債務名義に基く強制執行の許されないことの確定を求めるものと解せられ、したがつて、債務者において、本件のように過怠約款の過怠なきことをもつて異議事由とする場合に、執行文付与の時点における強制執行の不許(特定の日時に付与した執行力正本に基く強制執行の不許)を求めることなく、当該債務名義に基く強制執行自体の不許を求めることは、前示訴の性質からみて、何等これを排斥する理由はなく、裁判所において、右異議を理由ありと認めた場合、債務名義に基く強制執行不許の宣言をなすことができると解すべきである。

そして、裁判所が右のような当該債務名義に基く強制執行不許の宣言をなしても、前記異議事由からして、右判決は執行文付与当時の過怠事由によつては、未だ強制執行を許す状態にないとの判断に基くものであるから、右判決が確定したからといつて、債権者が後に別個の過怠事由の発生したことを理由として執行文の付与を受けたうえ、強制執行をなすことを何等妨げるものではないのである。しかして、原判決もまた、本件執行文付与当時における被上告人の過怠事由によつては、未だ強制執行を許すべきでないとの判断に基いて被上告人の請求を認容していることは、判文上明かである。

しからば、原判決が本件被上告人の前記申立を認容したことには、何等申立てない事項につき判決をなした違法ありということはできないし、他に何等違法の点を見出しえない。論旨は理由がない。

同第二点について、

原審は、原判決挙示の証拠により、所論事実のほか、原判示の諸事実を認定し、右事実関係からして、上告人が被上告人等先代の本件調停調書所定の賃料遅滞を理由として本件賃貸借契約の終了を主張することは、賃貸人たる上告人の権利潅用であると判断しているのであつて、右事実認定の下に原判決が上告人の解除権の行使を正当でないと判断したのは正当である。

所論は、原審の裁量に属する証拠の取捨、事実の認定を非難し、あるいは、原判決認定以外の事実関係にたつて原判決を攻撃するにすぎず、原判決には所論のような違法はないから論旨は採用できない。

同第三点について

本件請求異議の訴における異議事由の主張ならびに右事由の存否についての裁判所の判断は何等本件調停調書の既判力の拘束をうけるものではないから、論旨は理由がない。

よつて民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 沢栄三 斎藤平伍 石川義夫)

上告理由書

右当事者間の昭和三五年(レツ)第四八号事件につき上告人は昭和三六年一月十日上告受理通知書の送達を受けたので左の通り上告理由書を提出します。

第一、第二審判決は被上告人等の申立てない事項につき裁判したもので違法である。

被上告人等の請求原因は「本件調停調書の第四項に被上告人(相手方)が第二項の賃料の支払を二ケ月以上遅滞したときは其の時を以て本件賃貸借契約は当然に解消し相手方は即時上告人(申立人)に対し前記店舗家屋を明渡たすこと」との文言に付二ケ月以上の賃料の遅滞があつてはそれだけでは解除とならない本条項は公序良俗に反するものである。又本件強制執行は権利の濫用である」と主張するのであつて本件調停調書それ自体には何等の瑕疵欠陥はないのであるが右調停調書に前記のような理由で第四項の条件が不成就なるに係らず上告人は条件成就したりと証明し執行文を得て執行することは許さるべきでないと云ふのであり争点は条件成就の有無の一点に存するのである。

然らば本訴は神戸簡易裁判所が昭和三三年三月十一日付与した執行力ある正本に基いてなした強制執行が許さるべきか許すべからざるかにある換言すれば右執行力ある正本のもつ効力のみを争ふので調停調書の効力を争ふものではないのであつて執行力ある正本の執行力のみを排除すべきや否やで、調停調書そのものの有効性には何等の関係も影響もない筈である、即ちその対象となるものは個々の執行力ある正本であるのと債務名義であるのと法律解釈は自から異なる被上告人は調停条項第四項の条件が未成就(この点に付ては後述する)なるに拘らず成就したものとして昭和三三年三月十一日執行文を得て執行に及んだがこの執行行為は許さるべきでない」との申立であるからこの執行行為を許すことの可否にかかはり上告人としては右執行行為が不許とするも債務名義の執行力は依然として存在し将来被上告人が調停条項を履行せない場合はその時執行文の付与を得て執行し得るわけである従つて執行行為不許の請求と執行力排除の請求とはその趣旨を異にするものでこれは債務名義の執行力を一時的に排除せんとするものに外ならず現に与へられた執行文の効力を争ふもので債務名義の効力を全面的に無効ならしめるものでない然るに原判決は右執行行為の取消を求めているに拘らず被上告人等が申立てざる事項に付「被控訴人の控訴人等に対する神戸簡易裁判所昭和二十九年(ユ)第四三号店舗明渡調停事件の調停調書に基く強制執行はこれを許さない」との裁判をし本件調停調書そのものゝ執行力を根底から排除する裁判をしていることは違法である。

若し仮りにかゝる裁判が適法であるとすれば調停調書はこれにより執行力を喪失し将来被上告人等が本件家屋に付其義務不履行或いは約定違背の事実が発生するとしても上告人は何等なすすべなく救済の道なきに至るであろう現に被上告人は本件控訴判決があつてから昭和三六年二月分以降の賃料の弁済供託もせず今後もかかる不払が続くであろうが上告人はこの条件成就を理由として強制執行し得ず施す方法なき窮地に陥つてしまう。

第二、原判決は権利の濫用に関する事実誤認であるのみならずその法律解釈を誤り審理不尽である。原審は上告人の本件強制執行は権利の濫用であると断定した、その理由として認定したところによれば(一)被上告人先代は営業意の如くでなかつたが延滞分は来る三月十日支払うことを明示していたにも拘らずその日を待たずに執行したこと(二)右先代は三月十日頃右明示の通り一ケ月分の賃料を持参したが拒絶された(三)被上告人等にとり喫茶営業が唯一の生活の道であること及現在も被上告人等が共同経営して営業権益に依存していること(四)敷金八万円受取つていることも認められるので条項に違背し二ケ月以上遅滞していても賃貸借終了したと上告人が主張することは出来ないこれを主張するのは権利の濫用である」として被上告人等の請求を認めたのである、然かもこれを認定した証拠は被上告人等本人及事件の依頼を受けた木下元二弁護士の証言であるが右三人の供述が全部所謂伝聞によるものであることは明らかである。

上告人は天涯孤独の一人暮しの未亡人本件賃料の収入をあてに細々生活をおくつている従つて本件毎月の賃料が生命の綱である、怠りがちになる被上告人に対して上告人から催促にも赴く被上告人等の本件営業は所謂喫茶バーで飲屋であるから開店は午後六時頃から夜中の二、三時まで営業する上告人が正午過ぎ頃客のないときを見計つて訪ねれば朝から縁起が悪いとどなられて塩をまかれ夜十時頃赴けば営業妨害だとはねつける始末そして約束した日時に一度として支払つてくれた例がない前記(一)及(二)に対して被上告人が怠り勝ちになるのも営業が振はず財政が苦しかつたのであろうがかゝる抗弁は一方であり上告人の関与するところでない上告人は被上告人先代の口先だけの口実には信用が出来ない右先代は三月十日頃一ケ月分持参したと云うがこれは三月五日契約解除の通知が送達された為であつて若し右通知がなければ決して持参していなかつたろう(三)に対して被上告人営業は前記の通り午後六時頃から夜中二、三時頃迄開業する喫茶バーである被上告人先代死亡当時は被上告人等は未成年者であり親権者父もなく親戚もないこの二人の娘によつてどうしてかゝる飲屋(まして福原の遊楽街)を引続いて営業を継続し得ようか真実は第三者の経営者である、ことは容易に推知し得るのである、それとも被上告人等が本件家屋を第三者に転貸しその賃料差額の収益に依存していると見てこれを是認しての認定なければ何をか言はんやである尚被上告人等は何れも会社員の夫と結婚し他所で夫婦生活を営み子まで出来ている、かゝる立場のものが事実バーの経営に当り得るか経験則から見ても明かなところ、(五)に対し「敷金八万円も受取つている」と成程上告人先代が昭和二十五年一月本件家屋を被上告人先代に賃貸の際同人の内縁の夫訴外河野武はその連帯保証をすると同時に同人は上告人に対し金八万円の敷金を差入れたことは事実に相違ないが同敷金は右河野武の申出により昭和三三年三月同人に全額を返還したそして同人に差入れていた敷金預り証を同人から受取つた(参考の為め添付する)前記証人等は伝聞による偽り事実を綴り合せたものが前記認定の事実である。上告人は原審に於てかゝる事情に付反駁もせず反証も挙げなかつた、それは被上告人等の主張があまりに非客観的であり社会通念上、又経験則から見て真実性を欠くナンセンスであるから無意義なりと信じたからであるが、苟しくも権利の濫用なりや否やの法律解釈をするに当つては少くともその権利行使が当事者双方の立場事情を参酌して判断さるべきであり仮りに上告人に於て反駁、反証がなくとも一方の事実の究明なくして決せらるべきものでない、この点に於て審理不尽である。

第三、本件調停が有効且適法に成立したことは争いのないところである。従つて右調書に記載された権利関係は確定的に当事者双方を拘束する双方の為めの具体的規範である、そうすれば同第四項の所謂猶予期間二ケ月は債務者である被上告人の利益の為めに有するもので二ケ月までの遅滞は債権者もこれを容認しなければならない、その代りそれ以上は債務者は無理は言えないと云ふ権利関係が確定しこゝに確定判決と同一の既判力があるのであつて裁判所も権利関係に反する判断はすることが出来ない筈である。こゝに違法の判決といはねばならない理由がある。

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